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作品名:心の中で生きる彼方 作者:烏山鉄夫

第41回 巡礼
滋野綾芽は卒業旅行へ行く為に西京駅に居た。恋人の青山も綾芽も大学進学が決まって居る。西京駅から快速電車に乗って天川駅近くの岩根神社へ参拝して志出渓谷に足を向けてみようと言うのだ。これは青山の提案で行き先を決めたのだ。
駅弁を買って列車に乗り込む。春休みの夜行列車のせいか鉄道ファンと思しき客が多く込んで居る。指定券を取ってあるのですんなり座る事が出来た。
「パパが生きて居たら喜ぶだろうなあ」
「ああ、綾芽のお父さんは電車が好きだったんだよね?」
「うん!」
列車が動き出した。矢根浦駅には翌朝四時過ぎに着く。
列車は次々と通勤電車を追い抜く。二三時過ぎなのにまだまだ混んで居る。高校生の二人には意外な光景だった。
綾芽は青山の肩に寄り添って目を閉じた。
彼女は家を出る前に風呂に入って来たらしく、シャンプーの香りが男の鼻の奥を刺激した。
列車のジョイント音が子守唄の様に軽やかに車内に響いて来る。車内は混雑の割に静かだった。青山も目を閉じた。
夜行列車といえども快速電車なので停車駅が多く、綾芽がふと眼を覚まし窓の外を見るとまだ宇都宮だった。
「あっ、青山君も眼さめちゃったの?」
「ううん、興奮して寝られないんだ・・・・・・」
「私も・・・・・・早く矢根浦に着かないかな?」
「大丈夫、そのうち着くよ」
「うん、そうだよね」
列車は矢根浦に着いたが、寺沢線の代替バスに乗り換える人は少なかった。始発が五時半だからである。
茶色のコートを着た綾芽とジャンパー姿の青山は、二人きりの旅行と言う事で興奮して身体が火照って居た。風があって寒い。二人共、掌を擦ったり息を吹きかけたりして居る。しかし、それは習慣やクセでやって居るだけなのだ。
朝食に昨日買っておいた駅弁を食べておいたので腹は減って居ない。
やがて時間になりバスに乗り込むと、まだ薄暗い国道をゆっくりと走って行く。このバスは、丸太湖畔を一周するのでそのまま乗り続ける。湖を一周するのは観光客の為と言うより地元民の為なので、病院通いの老人や小学生の姿が見受けられる。
目印でもあったあの恐怖の火葬場は取り壊され草むらになっており、トンネルも改修工事が行われ道幅が拡がって居る。
バスは岩根神社の前に止まった。
社殿も若干改築がされて居るが、境内は昔のままのたたずまいだった。
「あっ、雪だ!」
綾芽は嬉しそうな子供っぽい声を出した。
「本当だ、通りで寒い訳だ」
と言って青山は大きなくしゃみをした。
「大丈夫?」
綾芽は顔を曇らせた。
「平気、平気!綾芽こそ大丈夫か?」
「うん、雪国生まれの人の娘だもん」
「ははあ、なるほど雪女だ」
「それは言わない約束でしょ」
「あれ、そうだったっけ?」
「ひどーい!」
と言って口をとがらせて見せた。
雪女・綾芽と見まがう色白の肌と黒髪が神々しい巫女さんが、ほうき掛けをしながら笑って居る。
「お早う御座います!寒いですけど、楽しそうですね!」
「あっ、お早う御座います!絵馬が欲しいんですけど・・・・・・」
「絵馬ですね。一枚ですか、二枚ですか?」
綾芽は一枚、青山は二枚と返事した。
「どうして?青山君、浮気して居るの?」
「ち、違うよ、浮気なんかしていないよ!本当だってば!」
「じゃあ、一枚で良いわね?」
「も、勿論です・・・・・・」
巫女さんはくすっと笑ってみせると、絵馬を取りに社務所の中に姿を消した。
「ここは恋愛の神様で、うちのパパとママがお世話になったから、私達も御挨拶しましょう」
「うん、そうだね」
と言って二人は神妙な顔をして手を合わせた。

志出行きの乗り場でバスを待って居ると、「一本桜」行きと言う車が来た。運転手に尋ねると、
「志出は昨日の雪で通行止めになっておる。このバスも車が通れる一本桜で折り返します」
「えっ、そうなのですか?」
「参ったなあ・・・・・・」
「これも旅の醍醐味という事だね」
「随分落ち着いて居るね」
「パパの日記と言うか旅の記録にこんなハプニングが沢山載って居たから、そう言うものだと思ってた」
「ああ、そうなんだ。旅行なんて合宿か修学旅行くらいしか行った事ないからなあ」
二人は仕方が無いので天川駅前で寺沢線の代替バスに乗り換えて、酒ヶ崎と言う駅へ転進した。両親が初めて会った時に、奈津代は矢根浦から、新作は酒ヶ崎から寺沢線に乗ったのだ。今度はパパが乗った所を通過する事になる。
バスに部活の為登校する女子高校生の団体が乗って来た。剣道部らしく袴を着た凛々しい感じの女の子達だった。青山は剣道部だったからつい見惚れてしまった。
「青山君、あの子達の事を見てるでしょ」
「い、いや・・・・・・」
「青山君は袴姿の女性が好みだったよね。私も青山君の袴を着せられて写真に撮られたっけ」
「あの時は御免ね。でも、その時の写真大事にしてるよ、凄く似合ってたし」
「当り前でしょ。私、着物が大好きでよく着るから。」
綾芽は、お正月に訪問着を着るし、夏は浴衣を着るのが習慣になって居た。股下の長い背丈のお蔭で剣道の袴姿も様になって居たのだ。
バスが酒ヶ崎に着くと昼時だった。駅前にラーメン屋があり暖簾をくぐった。
ラーメンで身体が温まると、前林線と言うローカル線に乗り雲藤寺駅で降りた。
此処は青山の祖父母の住む街だ。今夜は彼の祖父母、犬山家に泊る予定だ。
駅を出ると迎えの車が来て居た。彼の叔父である。
「象二郎叔父さん、お久し振りです」
「やあ、この娘が綾芽さんかい?」
「はじめまして、滋野綾芽です」
「はい、宜しく。よく遊びに来てくれたね。どうぞ乗って下さい」
と言って二人を車の後部座席に乗せると、どんどん山奥に入って行く。
「ねえ、本当にこんな所にお祖母さんの家があるの?」
綾芽は心細くなり、隣に座る青山の耳元で囁いた。
「うん、そうだよ。山を一つ越えた所にあるんだ。そろそろ峠だから、すぐに着くよ」
「ふうん」
綾芽の心配をよそに車は山道を下り、再び集落に出ると、その中でも一際大きな屋敷の玄関に横づけにされた。青山の祖父は代々の地主なのだ。
「あっ、俊太兄さんだ!」
と言って、女の子が飛び出して来た。青山も笑顔を見せる。
「あれ、歌恋?お絵描きが好きな歌恋ちゃん?」
「そうだよ、カレンだよ」
「大きくなったねぇ」
「うん、六年生だもん!」
「そっかぁ、もうすぐ中学生かぁ」
「違うよ、今度六年生になるの」
「そ、そっか、御免ね」
「あ、従妹の歌恋」
「お兄ちゃんの彼女?うわあ、すごく可愛いねぇ」
「はじめまして、綾芽です」
「ふうん、綾芽さんか。私、歌恋です」
「さあさ、早く上がりなよ」
と象二郎氏の案内で客室として用意された離れに移動をした。

二人は少し休憩をすると散歩に行く事にした。
玄関に立つと歌恋が気付いて走って来ると、
「お兄ちゃん何処へ行くの?」
「うん、お散歩」
「歌恋も行くぅ」
「ええっ、歌恋ちゃんはお留守番してて」
「やだぁ、歌恋も行くぅ」
青山は困った顔して綾芽に助けを求めた。しかし、綾芽は笑顔を作って、
「あら、良いじゃない。歌恋ちゃんも一緒に行こうよ」
「やったあ!綾芽お姉ちゃん大好き!」
「しょうがないな、じゃあ、行こう」
彼の家の周囲は一面雪野原だった。本来は近所の人の畑であろう場所に入り込んで、綾芽は歌恋と雪だるまを作り始めた。
「青山君もやろうよ」
「お兄ちゃんも手伝って!」
促されて、青山も雪だるまを作るべく、腰をかがめて雪玉を押した。
それを土台にして女の子達が作った玉を載せると、木の枝や石ころを拾って来て雪だるまに装着した。
「うわぁ、可愛い。お姉ちゃんありがとう!」
「どういたしまして」
三人は雪の上に座り込んで休憩をした。
「歌恋ちゃん、ちょっとこちらへおいで」
「なあに?」
と言って歌恋は腰をずらせて綾芽に近付いた。
すると、綾芽は歌恋の長い髪の毛を指でとかし始めた。歌恋はされるがまま大人しくして居る。綾芽は彼女の髪の毛を三つ編みにしてあげた。
「はい、出来上がり!歌恋ちゃん、可愛いよ」
「お姉ちゃん大好き!」
とまた言って、今度は綾芽に抱き付くと、
「ありがとう!」
と叫んだ。

綾芽は子供が好きだ。それと言うのも、幼かった頃、妹か弟が欲しいと思った事があり、ないものねだりと分かって居ても無性に願望が強い時期があったからである。
この事が二人の話題に上がった時、綾芽は次の様に語った。
「青山君は一人っ子で淋しい?」
「ううん、全然」
「そっか・・・・・・私は妹が欲しかったんだ。私、パパの事を恨んでは居ないの。むしろママを愛してくれて、私と言う命を授けてくれただけで嬉しい。子供は親を選べないと言うけど、その点幸せだった。ただ、ただ、パパを殺した久作だけが許せないの。私の貞操を汚そうと麻酔で眠らせられた事よりも、何倍も腹が立って居るの」

犬山家までの帰り道は、三人共手を繋いで、綾芽と青山が歌恋を挟む様にして歩いた。歌恋は六年生なのでそれなりの背丈があるが、まるで綾芽と青山の子供かと錯覚を起こさせた。
歌恋が好奇心を丸出しにして綾芽を質問攻めにした。趣味、年齢、好物、好きな動物、どうしたら美人になれるか・・・・・・。綾芽はその一つ一つに誠実に答えた。
綾芽は合唱部らしく、歌恋と歌を唄い始めた。
その美声が静かな村に響き渡った。

その日の夕食は大宴会となった。
歌恋の成長を驚いた事でも分かる通り、何年振りかに遊びに来た青山の姿を一目見ようと親戚一同が集結したからだ。
大人達は勝手に酒を呑んで酔い潰れて居る。
未成年だから当然素面の綾芽と青山は離れに引き上げる事にした。

綾芽は普段から笑顔の似合う優しい美少女であったが、宴会の間、笑顔を絶やさずに居た。だから、離れに戻ると青山はねぎらいの言葉を述べた。
「綾芽、今日はお疲れ様でした」
「ううん、気にしないで。とっても楽しかったよ」
「それなら良いけど、でもさ、ずっと笑って居るのって大変じゃやない?」
「平気だよ」
「そ、そうか。それなら良いけど」
「ねえ、青山君。私、青山君の事がとっても好きだよ」
「なんだい、改まっちゃって。俺もお前の事が好きだよ」
「うふ、私青山君以外の人を好きになれないから、青山君も私だけを好きで居てね」
「も、勿論だよ。綾芽は、俺にとって世界で一番奇麗で優しい恋人だよ」
と言って、彼は綾芽を抱き寄せると、褒めたばかりの彼女の顔を見つめた。
「綾芽、絶対に結婚しよう」
「は・・・・・・い」
二人はそっと唇を重ねた。お互いに息が熱かった。
「疲れちゃった。私、寝るね」
と言って、綾芽は寝間着に着替えようと下着姿になった。スタイルの良い若い女の丸みを帯びた尻と腰回りとそれを覆う布地が妙に色っぽい。青山はこれを拝める権利を噛みしめて居た。
そして、言葉通りに綾芽は布団に潜り込んだ。
「青山君は寝ないの?」
「ううん、何となく興奮して眠くないんだ。良いよ、無理しないで寝なよ」
「有難う、じゃあ、お休みなさい!」
青山は持参した漫画を開いた。漫画に夢中になって居ると、隣から鼾が聞こえて来た。青山も、その声を聞いて居ると眠くなって来た。その前に綾芽の寝顔を覗いてみようと彼女のそばに近付いた。
何と言う優しく美しい寝顔だろう!
「例のこと」と呼ぶ朝河久作の事件では無いが、なるほど薬を使ってでもお目にかかりたくなる芸術的な表情だった。
綾芽は寝返りを打つうちに布団を蹴飛ばし、寝間着の裾を捲ってしまい、白い腹とへそが見えて居る。彼女の腹肉は、色気に満ちており女を思わせる重要な要素である。
思わず青山の手が伸びて、その小窓から覗いて居る腹に押し当てた。そして擦る様に優しく滑らせた。綾芽はむずかる様な声をあげたが目を覚ました訳では無く、軽やかな寝息を発てて居る。
青山は彼女の服装を整えて布団を掛け直してあげると、
「綾芽、お休みなさい」
と耳元で囁くと、彼も自分の布団に潜り込んだ。


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