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作品名:心の中で生きる彼方 作者:烏山鉄夫

第40回 儀式
滋野奈津代は、早く仕事が終わり帰宅した。まだ、娘の綾芽はアルバイトから帰って居なかった。
奈津代は夕日でオレンジ色に輝く部屋の片隅に置かれた「祭壇」の前に座り、愛しの朝河新作の写真を見つめて居た。
「新作君、死んじゃったのよね?どうして、私の事を置いて行っちゃうの?」
一五年以上経過し、もう慣れた筈なのに、時々こうして思い出に耽る事がある。今でも、綾芽を連れて江戸メトロポリタンズの試合を観戦に行く事があるし、綾芽の先輩がビールの売り子をやって居る所に出くわした事もある。その思い出に浸る間の表情が余程思い余って居るのか、例によって朝河新作の霊体がやって来た。始めは驚いたけれども、愛しの人が今も見守って居てくれると思うと不思議と慣れてしまい、霊的な問題など気にして居なかった。
その気配を感じ取ると、ふいに奈津代が声を荒げた。
「ちょっと新作君でしょ?」
「何だよ、いきなり」
「私が夜寝て居る間にお腹を触りに来て居るでしょ?」
「やっていないよ」
「本当?時々、寝て居る間にお腹がムズムズする事があるから、てっきり新作君が夜に帰って来て居るのかと・・・・・・」
「アッシには関わりの無い事で・・・・・・」
とそこへ綾芽が帰宅して、父親が来て居る事に気が付き会話に参加し始めた。母親のしつけが厳しいので、行儀よく着こなした制服姿だった。
「あっ、パパだ。パパはどうして私のお腹を触ってくれないの?」
「何を言い出すんだ?綾芽のお腹を触っても良いのかい?」
「どうぞ、パパなら良いよ。私のお腹もきちんと可愛がってね」
「そうです。綾芽もいつかは母親になります。私のお腹を可愛がってくれたお陰で綾芽に愛情が伝わった様に、綾芽の子供にも愛情を分けて下さい。新作君はお祖父ちゃんになっても、孫を可愛がる事が出来ないのですから!」
「・・・・・・」
綾芽は奈津代の台詞を何度聞いて来た事だろうか。朝河が奈津代のお腹を存分に撫でて可愛がって来たから、愛情が伝わり、美人で優しい女の子に育ったのだと、子供の頃から幾度も幾度も洗脳するかの如く聞かされて来た。それなら、私もパパにお腹を触って欲しい。その為なら、悪く言えば「お腹プレイ」、良く言えば将来母になる為の儀式をやって貰う事を望んでおり、まさに夢が実現する時がやって来たのだ。嬉しさのあまり興奮して声も大きくなってしまった。
「パパの意地悪!娘が触って良いって言って居るんだから大人しく触りなさい!」
「分かったよ、そのうち触りに来ます」
「駄目、ママが見て居る前でやってよ。男にお腹を観られるのは恥ずかしいんだよ」
「おいおい、裾を捲って何をやってるんだよ」
「ふふふ、どう、娘のお腹は奇麗ですか?」
と言いながら、学校の制服を脱ぎ、ブラウスも脱ぎ捨てて、微笑んだ。
「さあ、仰向けになれば良いのよね?パパ、早く!私が可愛くないの?」
「わ、分かった・・・・・・じゃ、じゃあ、その机の上にでも横になりなさい」
上半身は黒いブラジャーだけでスカートを穿いた姿となった綾芽は、「手術台」の上に仰向けになると、何処となく腰が落ち着かず不安定感を覚え、幾度もその小さなお尻を上げ下げして居心地の良い場所を探して居た。もじもじと身体を動かすのを止めると、白くて適度に熟した太腿、ハイソックスを穿いたままの股下の長い脚が肩幅に拡げて伸ばして居た。
その様子を見て居た朝河は、
「楽にして、そうそう身体の力を抜いてごらん」
と優しく声を掛けた。そして更に、
「ちょっとだけそのスカートを下げてくれる?そうそう、下着のラインが見えるぎりぎりまでで良いからね」
と依頼されると、綾芽は言われるままにお尻を持ち上げ、フックを外して指示された位置まで脱いで見せた。
幽霊とは言え、父親に腹を触られる恥ずかしさと嬉しさを見透かされまいとして平静を装って居るが、肌が紅潮して薄桃色に染まって居る。
綾芽は、両手を頭の下で組んで食卓の上で仰向けに寝て居た。腕枕のお蔭で自分の首から下が良く見える。
相変わらずの黒髪のロングヘアである。艶やかな黒髪がテーブルクロスの上に広がって居る。青山が好きだからとポニーテールに結わいて見せるが、父はストレートへアが好きと知って居るので、ゴムを外したのである。
麻酔薬を嗅がされたあの食卓である。一年経ち、もともと明るくて真面目な性格で、両親に慰められ、恋人の青山君に抱き締められて忘れる努力をする事が出来た。今は親子の愛情を受け継ぐ重大な時間なのだ。だから、あの時の事など思い出して居る場合では無かった。
「ねえ、パパ、何時まで待たせる気なの?」
「いいえ、そうじゃないのよ、綾芽。パパだって娘のお腹を触るのは、本当は嬉しいけれど、その分だけ恥ずかしいのよ」
「えっ、そう・・・・・・なの?」
「そうよ、パパがママのお腹を始めて触った時も緊張で手付きが強張って居たのよ」
「どうでも良いけれど、綾芽は本当に美人になったな。今、幾つだっけ?」
「娘の年齢も知らないパパって酷くない、ママ?」
「新作君の鈍さは死んでも治らないみたいね」
「じゃあ、触るよ・・・・・・」
朝河がおもむろに身を乗り出し、自分の頬をお腹の上に擦り付けると、彼女のお腹の中で腸が動く音を愉しんだ。
「帰りにハンバーガーを食べちゃった・・・・・・」
「そっか、それでお腹の中が忙しそうなんだね」
「うふっ」
喋る度にお腹が震えるのが頬に伝わり心地良い。
顔を離すと、ひんやりとした指が柔らかな腹肉を抑え付けた。
「きゃあ、パパの手が冷たい・・・・・・うふ、くすぐったい」
と言って身を硬くする。医師の触診の様に、胃の上、臍の斜め右下、左下、下腹部と交互に押さえて来る。その微妙な力加減が恥ずかしさとくすぐったさを呼び起こす。父は黙って指から力を抜いて、優しくいなす様に撫でて来た。
「ひゃあっ」
呼吸をする度に臍が上下する。それが若さと言うか生命を意識させてくれる。
「綾芽のお腹は柔らかい、どんどん掌が沈んで行くね。くびれたお腹は可愛いよ」
白色灯に照らされた綾芽真っ白な肌の見事さは、同級生から雪女とあだ名を付けられた程である。奈津代の物が世界で一番可愛い腹部であったが、その娘も美しい長所を受け継いで、こうして妙齢の美人に育ったのだ。本当に白くてくびれを持ったアイドル顔負けのお腹は絶品だった。しかし、綾芽はまだ一八歳の女子高校生である。あまり多くを期待するのは酷だが、それでも充分色気に満ちて居た。
今度は、掌を臍の上に押し当てて、掌全体から彼女のお腹の柔らかさと体温を感じ取る事にした。
「ママはこのくすぐったいのが好きだったの?」
「ええ、そうですよ。そのうち、気持ち良くなって行きますよ」
綾芽は奈津代が好きだし尊敬もして居た。朝河新作とは、その母親が愛し合った男なのだから当然敬うべき相手であると思って居る。心の中では感謝の気持ちで一杯だった。掌と自分の腹肉との接合面から父の愛情が娘の身体へと伝導して行く気がして綾芽は息苦しさを我慢して居た。
父は、掌で擦りながら時折力を込める。するとどんどん掌が沈んで行く。
手に力が入った時、呼吸が荒くなる。
「ふっ、ふっ・・・・・・ふっ、あっ・・・・・・ああん」
痛みとくすぐったさが病みつきになり、やがて一八年間で最高の快感に変わりつつあった。
「ああっ・・・・・・く、苦しいよ」
「ごめん」
と小さく謝ると、その掌を縦横無尽に滑らせる。スタイルの良い細くて薄い身体つきに障害物が無くスイスイと手が滑ってゆく。
「あっ、キスなんかしないで・・・・・・触るだけだよ」
「ごめん、あまりにもママのお腹に似て可愛いから、つい・・・・・・」
奈津代は、朝河の掌が移動した跡に極光が出来た様に思えた。
「綾芽・・・・・・良かったね」
奈津代は綾芽が恍惚の表情を浮かべて居るのを見て、極光が幻覚では無いと確信した。
「何だか、眠くなって来た・・・・・・」
父の掌が自分の腹部の上にあると言う事が、これ程幸せであるとは夢にも思わず、至福の時間を味わって居た。
傍から見れば変態行為かも知れないが、綾芽親子にとっては父と娘の触れ合いに過ぎないのだ。
何時しか綾芽は静かに絶頂を迎え眠る様に気を失った。
それに気が付いた朝河はお腹から手を離して、優しく娘の髪の毛を撫でた。
これが滋野奈津代にとって、金曜日の夕方の家族だんらんの時間であった。

後日、綾芽は青山とエッチをした際――綾芽は処女を卒業した――、彼がアダルトビデオで観た事を真似しようとして、お腹で絶頂させようと下腹部を刺激して子宮を揺さぶったり、あるいは玩具を挿入して皮膚の上から刺激したりした。或いは、旅行先のリゾートホテルでエステやマッサージを受けたが、確かに快感を覚えたけれど、父親のマッサージ程の爽快感は無かった。
これは青山君の名誉の為に書き加えておく。別に青山の技術的拙さに原因は無く、綾芽と朝河新作の親子の情が強かっただけの事である。

綾芽は読書が苦手だったが、それでも何冊かは好きな本があった。そのうちの一つが父の日記帳である。普段は、父の部屋で大切に保管されて居るが、綾芽は時折それを持ち出しては読み耽って居た。
父の日記は、その性質上、生々しい表現や過激な発言が見受けられるが、綾芽にとって父の素顔や本音が分かり、素直に読み進める事が出来た。
その日記には、女性の腹部に関する記述が随所に書かれてあった。街で見掛けたへそ出しルックの人の事、グラビアアイドルのウエスト評、そしてこれが重要なのだが、母・奈津代の事も書かれてあった。それを要約すると・・・・・・
奈津代の御尊腹は、色白の餅肌で触り心地が抜群である。くびれはあるものの小さいが、それでも滑らかで平らな肉付きは、触るだけで心がしびれてしまいそうだ。女性の腹の柔らかさこそ官能の極みである事に、何故世間は気が付かないのか?
・・・・・・と言う評価だった。父は、胸の大きさ等眼中に無かったようだ。グラビアアイドルとは、ビキニ姿を通して腹部の美しさを堪能し研究する対象だったらしい。女性の腹部を「御尊腹」と呼ぶくらいに入れ込んで居たらしいのだ。
綾芽はベッドの上で、裾をめくって自分の腹を眺めた。
パパは私のお腹を可愛がってくれた。「女性の御尊腹研究家」を自認するパパを満足させるに値するプロポーションらしい。日記帳を閉じて箱に収めると、自信が湧いて来る気がした。
それ以来、綾芽は学校の体育で着替える時や、イベントに参加してコンパニオンのへそ出し姿を見かけた時等、女性の腹部が気になる様になった。それは自身の腹部への自惚れでは無く、
「あの人のお腹はパパが気に入るかしら?」
と言う想像をする為であった。
学校の更衣室で、綾芽の好奇な視線を受け取った女の子が声を発する。
「どうしたの、アヤメ?」
「ううん、ごめんなさい。何でも無い!」
「ええっ、ずうっと私の身体を見てたじゃん」
「ほんとゴメン、何でも無いの」
「うそ、見てたよ。もしかして、アヤメってレズビアン?」
と言って食い下がるその娘に、全てを打ち明けると、
「変なの。お腹ってそんなに特別なものかなあ。それに幽霊と遊んだの?アヤメ、頭大丈夫?」
と言って顔をほころばせた。周囲に居た女の子もつられて歓声をあげた。
そのやりとりを聞いた青山は、今初めて儀式の事も知ったのだが、身体を揺さぶる感動を覚えた。
二人は相思相愛だが、親子の情の前では無力である。綾芽の性的好奇心の変化も事実である。青山は、綾芽が今でも父親に守られて居る事に嫉妬をした。
彼も母子家庭なのだ。
彼の父親は幼少の頃に病気で死んだ。彼の母は、奈津代と違って夫の遺品を処分してしまったので、遺影で顔を知るのみだ。だから、霊とは言え姿を知り、声を聞き、日記帳を読める綾芽が羨ましかった。
自分の彼女が霊と話せる、つまり霊感があると言うだけで怖くは無かった。その霊が彼女の父親と知り、むしろ微笑ましくさえあった。いや、そう思う義務があると信じて居た。
「なあ、綾芽。お前のお父さんは俺の事、どう思って居るのかな?」
「パパは、青山君の事、気に入って居るみたいだよ。だから、私が叔父さんに襲われた時、青山君に助けを求めたんだよ」
「えっ、その時まだ付き合って無かったよね?」
「私がパパに相談したんだ。そしたら、何でもお見通しで、青山君なら信用出来るって」
「そうなんだ・・・・・・じゃあ、綾芽の処女を貰った事も知って居るのかな?」
「ううん・・・・・・多分・・・・・・知ってる。私に気遣って何も言わないけど」
「そ、そっか・・・・・・」
「うちのパパなら許してくれるよ!」
「そ、そうだよね、そうだと良いんだけど」
この様な会話をしたのも記憶に新しかった。
ある日、青山は綾芽の家に遊びに行き、父の祭壇に手を合わせた。
「おお、青山君。遊びに来てくれたのか」
「・・・・・・」
「パパ、多分青山君には聞こえて居ないと思うよ」
「そ、そうか、じゃあ、これでどうだい?」
「ねえ、青山君。今、パパが来てるから、パパの声が聞こえると思うよ」
「えっ?」
「青山君、いらっしゃい。よく遊びに来てくれたね」
「うわぁっ・・・・・・あの、おじさんですか?」
「おじさん?ああ、そうか、はいはい、綾芽の父です」
「始めまして、あの、綾芽さんの友達で青山です」
「そう、硬くならなくて良いですよ。知っていますよ、綾芽の彼氏でしょう?」
「は、はい。お、お付き合いさせて頂いて居ます」
「ふつつかな娘ですが、どうか宜しくお願いします」
「こちらこそ、あ、あの、宜しくお願いします」
「それに、綾芽を大人にしたんだから、末永く面倒見て下さいね」
意味が分かると綾芽は顔を赤く染めて俯いてしまった。青山もそこまで知って居るのかと茫然とした。
「まあ、若いんだから楽しく付き合いをしてね。綾芽、じゃあ、パパはそろそろ帰るよ。青山君もゆっくりしていって下さいね」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「そうですよ、折角ですからもう少しお話しさせて下さい」
「分かったよ」
と言って、朝河は居残る事にした。

朝河はしみじみ娘の顔を見た。
(そうか、あれから十八年も経ったのか・・・・・・)
綾芽は、奈津代が二回も自殺を企てた事を知らない。いや、一回目は父の日記を読んで知っているかも知れない。しかし、二回目は知らない筈である。朝河は、彼女が何らかの事情で知って居るのならばそれは構わないし、奈津代が教えないのならばそれで良いと思って居る。
十八年――江戸メトロポリタンズの道重選手が引退を表明した。昼神監督も既に鬼籍に入って居る。綾芽は高校生になり、色気に満ちた美少女に育ち彼氏も出来たし、愛情伝達の為の腹部マッサージも出来た。
朝河は思った。
「そろそろ、成仏しても良いのかな・・・・・・」


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