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作品名:心の中で生きる彼方 作者:烏山鉄夫

第37回 予約
「しーげーのー」
と言いながら、谷村と言う男の子が滋野綾芽の後ろから近付いて来た。綾芽は友達とのおしゃべりに夢中になっており、谷村に名前を呼ばれているのに気が付かなかった。
「おおいっ!しーげーのー」
と彼の性格を絵に描いた様な間の抜けたその声は綾芽の耳に届いている様子に無い。
彼は綾芽の真後ろに立つと脇腹に手を差し込むとそのまま豊満な桃を思わせる胸を鷲掴みにした。
「キャアッ!」
と悲鳴を上げると、
「進藤君でしょう?」
と言ってようやく振り向いたが、相手の顔を見て驚いた。
「あっ、谷村君だったの?何か御用ですか?」
「いや・・・・・・進藤がどうしたって?」
「ううん、この間スカートをめくって私のパンティーを見たから」
「そっか・・・・・・って、怒れよ!」
「良いんだ、私気にしてないもん」
「変なの・・・・・・あっ、そうだ、青山がお前を探してたぞ」
「えっ、隣のクラスの青山君?」
「うん・・・・・・あれ、ドアの所にいたんだけど、何処へ行ったのかな」
綾芽の通う高校の2年3組に於ける昼休みの様子である。綾芽の発見が遅くなってしまい結局青山と会えたのは放課後の事だった。
青山は隣のクラスだったので、廊下で終礼が終わるまで待っていると、身長の高い男が出て来ると、
「ああ、滋野!お昼は御免なさい。それで何か用があったんだろ」
「えっ?青山君が私に用があったんじゃないの?」
と聞き返してしまった。
「あれ、違ったの?何だよ、折角美人とお話が出来るかも知れないって期待していたのになあ・・・・・・」
と言い残して彼は下駄箱へ向かってしまった。
青山と言う男の子は剣道部に所属しているのだが、今日は練習が無いのかさっさと帰ってしまった。綾芽はキツネにつままれた様な表情でその後ろ姿を見送った。

仕方なく一人で帰ろうと何時もの通学路を歩いていた。
「あれ、藤江君と美紅だ」
前に同級生の男女がいたので、一緒になろうと走りかけて立ち止まった。
「いいなあ・・・・・・藤江君、美紅に告白したんだあ」
前の二人は仲良く並んでいるのだが、よく見ると手を握り合っているのだ。勿論二人の表情は明るい。
綾芽ははっきり言えば美少女である。しかし、美人過ぎて男の子に敬遠されがちで実はもてないのである。生まれてから彼氏と呼べる男の子の友達は無く、霊前でパパに向かって愚痴をこぼす日々なのだ。
綾芽はアルバイトをしている花屋に顔を出した。
「あら、アヤちゃん。今日はお休みでしょう?」
とお店のおばさんに声を掛けられた。
「は、はい。今日は父にお供えするお花を買いに来ました」
「ああ、そうだったの。アヤちゃん何時も一生懸命だから、御褒美にどれでも好きな物を持ってお行きなさい」
「えっ、宜しいのですか!有難うございます!」
とお礼を言って、綾芽が大好きな黄色い菊の花を譲り受けて今度こそ帰宅をした。
ママはまだ帰宅していなかった。
冷蔵庫を開けて材料を取り出すと夕食を作り始めた。綾芽は昔から手伝いをして来たので家事は得意で、特にたまごを使った料理は名人だった。鼻歌交じりにオムライスを作ると、テレビを見ながら一人で平らげると、
「あっ、そうだ。パパにお花とお酒をあげなきゃ」
と言って、仏壇の前に立つと花瓶に菊の花を挿し、カップ酒を置くと手を合わせた。
「パパ、いる?」
「うん、いるよ。綾芽、随分淋しそうな顔をしているな。どうかしたか?」
「うん・・・・・・私ってどうして彼氏が出来ないのかな・・・・・・」
「またその話か・・・・・・綾芽、青山君ってどんな人かな?」
「どうして青山君の事を知っているの?皆、お見通しなのね。私、青山君の事が好きなの」
「そうか、綾芽が初めて選んだ男は青山君か」
「今日、学校でね、変な事があったの」
と言って、学校での出来事を語って聞かせた。
「なるほど・・・・・・じゃあ、思い切って告白してみたら?折角青山君は、綾芽に用事があって探していたと思っているのだから、やっぱり御免なさい、用事がありましたって言って呼びだしたら?」
「う、うん・・・・・・」
「パパは青山君ならオーケーだよ。ママが帰って来たら女同士でよく相談してごらん。折角綾芽に彼氏が出来るチャンスじゃないか」
「・・・・・・そうしてみる。パパ、またお話を聞いてくれてどうも有り難う」
パパは仏様になってしまい、亡くなった25歳のままでいるのが、綾芽から見れば少し年上のお兄さんみたいな存在に思え心強く感じる事が多かった。

昨夜、奈津代は残業で疲れていたのに、綾芽のために夜遅くまで起きていてくれた。
学校へ行くとすぐに青山を放課後、校庭の隅の小さな雑木林に来てくれる様に頼むと快諾を得た。
そわそわしながら一日を過ごしていた。数学、英語、日本史、漢文・・・・・・と授業を受けた筈だが、それよりも青山君への第一声を考えていた。昼休み、食事もまともに喉を通らない。
終礼が終わると早速校庭へ出て行く。まだ今日の授業が終わったばかりで、部活動も行われていないので全く静かであった。この雑木林は立派な森林公園と言うべき規模があるが、この学校にかつて園芸科があり、実習用に造られたのだそうだ。この学校の先輩に朝河新作がいる。
やがて、青山が大きな身体を揺らしながら約束通り雑木林へ姿を見せた。
「ああ、滋野、どうした?」
「あ、青山君・・・・・・昨日は御免なさい。本当は用事があったんだ」
「そうだったんだ」
「あ、あの、あ、青山君は誰か彼女とかいますか?」
「どう言う事?もしかして、俺と付き合いたいの?」
「・・・・・・」
綾芽は顔を赤らめて黙り込んでしまった。
「滋野、本当に俺で良いのか?」
「は、はい!」
「そ、そっか。滋野は俺の事が好きだったのか・・・・・・」
「はい!」
「そっか・・・・・・」
「あ、あの、駄目ですか?私じゃ役不足ですか?」
「・・・・・・」
「あ、青山、くん?」
「暫く時間をちょうだい!」
と言って、青山は本当に困り切った様な複雑な表情を浮かべた。
綾芽はそれ以上何も言えず、返事に時間を与える事を了承した。
「良い返事が貰えるといいなあ・・・・・・」
何となく淋しい気分で空を見上げる彼女の耳に、部活動の賑やかな声が届いた。


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